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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)89号 判決

原告 東為良

被告 東京都

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四八年四月一九日東京都告示第四九六号をもつてした東京都市計画高度地区変更決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

(本案前の申立て)

主文と同旨の判決

(本案についての申立て)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、東京都中野区本町一丁目に宅地約六二坪(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  被告は、それまで建築基準法(昭和四五年法律第一〇九号改正前)第五九条の二に基づき第六種容積地区に指定されていた本件土地を含む東京都中野区本町一丁目の一部を第三種高度地区に変更すること等を内容とする東京都市計画高度地区の変更決定(以下「本件決定」という。)をし、昭和四八年四月一九日東京都告示第四九六号をもつてその旨を告示した。

3  しかしながら、本件決定は、次の理由により違法である。

(一) 本件決定は、行政権による国民の権利自由に対する重大な制限であるから、被告が本件決定をするについては、法律に根拠があること又は法律の委任があることを必要とすると解すべきところ、本件決定当時被告に本件決定を行なう権限を認めた法律の規定又は被告に右の権限を委任する旨を定めた法律の規定は全く存在しない。

(二) 仮に、被告が都市計画法の規定に基づいて本件決定をしたものとしても、同法は都市計画の決定権者に対する授権事項、たとえば、高度地区に指定できる場所、規制の程度・方法などを具体的に特定していないから憲法第二九条第二項に違反し、したがつて、本件決定も憲法第二九条第二項に違反する。

4(一)  ところで、原告は、昭和四八年四月一七日本件土地上に七階建ビルを建築しようとして、東京都中野区建築主事に対し建築確認申請書を提出したところ、同主事は、本件土地が被告により第三種高度地区に指定される予定地であることなどを理由に右確認申請書の受理を拒絶した。

(二)  その後本件決定により本件土地が第三種高度地区に指定されたため、原告は、右土地を利用して右七階建ビルを建築し、収益をあげることが不可能となり、財産上の損害を受けたから、本件決定の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者である。

よつて、原告は本件決定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件決定は、その告示がされた段階においても、抗告訴訟の対象となる行政処分とはいえないから、右決定の取消しを求める原告の本件訴えは不適法である。

(一) 本件決定は、長期的見通しのもとに、住環境の保護改善及び都市機能の回復等を図ることを目的とする高度の行政的技術的裁量に基づく一般的抽象的決定であり、直接具体的に特定人の権利義務に変動を及ぼす性質の行為ではない。

(二) 仮に、本件決定が、原告に対して一定の具体的な建築制限を課するものであるとしても、右建築制限は法律が特に付与した告示に伴う付随的効果であつて、本件決定ないし告示そのものの効果として発生する権利制限とはいえないから、本件決定は告示された段階においても、直接、特定個人に向けられた行政処分とはいえない。

(三) 本件決定が違法であると主張する者は、その後、建築確認申請に対する不適合通知処分が行なわれた段階で、右処分の違法事由として右変更決定の違法を主張することによつて、権利救済の目的を十分に達成することができる。したがつて、右変更決定ないし表示の段階では、いまだ事件の成熟性を欠くものというべきであり、実際上も訴えの提起を認める妥当性、必要性はないものである。

2  原告は本件高度地区変更決定の取消しを求めるにつき、法律上の利益を有する者とはいえない。すなわち、原告が、本件決定ないし告示がされる以前において、希望どおりの高さの建物を建築することができたという利益は、原告が現実に享受していた具体的な利益ではなく、将来建物を建てるような場合に、希望どおりの高さの建物を建てられるという漠然とした期待的利益に過ぎない。したがつて、このような利益は法的に保護された利益であるとはいえないから、原告は本件訴えについて原告適格を有しないものである。

三  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

4  同4の(一)の事実は否認する。

四  被告の本案についての主張

本件決定には、原告主張のような違法の点はない。

1  都市計画法は、都道府県知事及び市町村を都市計画の決定権者と定め、都市計画事務の配分については、市街化区域及び市街化調整区域、広域の見地から決定すべき地域地区及び都市施設並びに市街地開発事業等に関する都市計画を都道府県知事の決定に委ね、その他の都市計画を市町村が知事の承認を受けて定めるものとしている。したがつて、高度地区については市町村が決定権者であるが、東京都の特別区の存する区域については市町村がないため、東京都が都市計画の決定権者と定められている。

本件決定は、被告が都市計画法の規定により行なつたものであり、法律の根拠に基づいてしたものである。

2  都市計画法が高度地区の決定又は変更を市町村(本件の場合は東京都)の権限としたのは、それぞれの地方公共団体における地域的特性を考慮して、その自主性を認め、住民の要求への適合性を高める等の具体的配慮によるものである。そして、同法は、市町村が都市計画の案を作成する段階において必要があるときは、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるとともに、都市計画を決定するときは、都市計画の案を公衆の縦覧に供し、関係市町村の住民及び利害関係人は意見書の提出をすることができると定めており、手続的にもきめ細かい配慮をしている。

都市計画法は、都市計画の決定権者に対する授権事項を具体的に特定していないとしても、右に述べたことから明らかなように右決定権者に対し不当に広範な権限を付与したものとはいえず、同法の規定は合理的根拠があるから、同法が違憲であるということはできない。

被告は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて公共の福祉の増進に寄与することを目的として本件決定をしたものであり、本件決定はなんら原告の財産権を不当に制限するものではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  まず、本件訴えの適否について判断する。

1  請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一〇号証によると、被告は本件決定において第三種高度地区内における建築物の高さの最高限度を別紙記載のように定めたことが認められる。

2  都市計画法による高度地区の決定は、市町村(本件決定当時、東京都の特別区の存する区域については昭和四九年法律第七一号による改正前の地方自治法第二八一条第四項により東京都)が用途地域内において市街地の環境を維持し、又は土地利用の増進を図るため、建築物の高さの最高限度又は最低限度を定めるものであり(都市計画法第八条、第九条)、同地区内の建築物の高さに関する一般的基準の定立である(都市計画法第一〇条、建築基準法第四一条の二、第五八条)。したがつて、高度地区の決定は、抽象的な規範の定立であり、右決定は高度地区内の利害関係者の具体的権利に直接変動を与えるものではないというべきである。

3  もつとも、高度地区の決定が告示されると、たとえそれが違法なものであつたとしても、右に抵触する建築物の計画に係る建築確認申請について、建築主事は建築基準法第六条第四項の不適合通知処分をすることが予想されるが、高度地区の決定の違法を主張する建築主は、建築主事の右不適合通知処分がされた段階で、高度地区の決定ないし告示の瑕疵を理由に右処分の取消しを訴求することができるものと解せられ、したがつていまだ具体的な建築物の計画に係る不適合通知処分のされていない段階では、具体的事件性を欠くものというべきである。

また実際上から考察しても、右不適合通知処分の段階でも権利救済が可能であり、高度地区の決定の段階で右決定の取消しを求める訴えの提起を許さなければ利害関係者の権利保護に欠けるところがあるとはいい難い。

なお、高度地区の決定が告示されれば、右地区内の土地の価額が変動し、同地区内の土地の権利者に経済上の不利益を及ぼすことが起こり得るとしても、それは事実上の不利益にとどまるから、このことをもつて高度地区の決定の処分性を理由づけることはできない。

4  そうすると、本件決定は、それが告示された段階においても、取消訴訟の対象とはなし得ないものと解すべきであり、原告の本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく不適法なものといわなければならない。

二  よつて、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 菅原晴郎 成瀬正己)

(別紙)

第三種高度地区

建築物の各部分の高さは、当該部分から前面道路の反対側の境界線、又は隣地境界線までの真北方向の水平距離が八メートル以下の範囲にあつては、当該水平距離の一・二五倍に十メートルを加えたもの以下とし、真北方向の水平距離が八メートルをこえる範囲にあつては、当該水平距離から八メートルを減じたものの〇・六倍に二十メートルを加えたもの以下とする。

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